無理に答えを出す必要はない。難病を”身近なものとして興味を持つ”ことが、結果として命を救うことになるのかもしれない

スマートフォンをおもちゃ代わりにする興味津々な赤ちゃん
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gorian91
希少難病ブロガー自身の難病から体力的な限界を感じ、時間を自由に活用できるフリーランスの道へ。2016年から法人化。難病当事者の雇われない生き方・働き方を追求しています。

毎度、Gorian91です。先日、難病に関するこんなデータを目にしました。

 

難病情報センターによると、2014年(平成26年度末時点)の特定疾患医療受給者証所持者数は、925,646人。同年、日本の総人口は1億2708万3千人(平成26年10月1日時点)なので、単純計算すると、およそ140人に1人が難病認定患者という計算になります。

 

 

難病は、ひとつひとつの病気の発症率を見れば、何万人に1人、何千人に1人など、ごくわずかな確立ですが、全体を俯瞰して見てみると、難病になる確立は決して低くないことがわかります。更に、指定難病にされていない不治の病もありますから、それを加えたら、もっと確立は高くなるはずです。

決して他人事ではなく、いつ自分や自分の大切な人に降りかかってきてもおかしくありません。そんなことを考えていたら、今やっているこちらの企画に参加してくださった方から、企画に参加してことで起こった自分の中の小さな変化について教えてくださいました。

 

「難病」という言葉を見かけたとき、その難病について検索するようになった

こちらがその記事です。

そんなある日、ふと 自分の中で起こった小さな変化 に気がつきました。ほんとうにものすごく小さな変化です。それは ニュースで「難病」という言葉を見かけた時に そのニュースをしっかりと読み その難病について検索をするようになった ということ。

たったそれだけのことなんですが、今までのわたしなら たぶん流し読みしてそのまま終わっていたはずです。もちろん印象にも残っていなかったのではないでしょうか。

その小さな変化に気がついた時に 希少難病に対して何か答えを出さないといけないと 勝手に勘違いしていた自分の気持ちが ずいぶんと楽になったんです。

RDD(Rare Disease Day)を知ってから起こった自分の中の小さな変化。子どもと始める空手道!  より引用

 

うわー素晴らしいことを書いてくださってる!!!

 

知ったからには何かしないといけないんじゃないか、結論を出さないといけないんじゃないか、真剣に考えれば考えるほど、迷宮に入り込んでしまって、難しく考えすぎてしまう。

でも、ごりらさん(@kodomotokarate)のおっしゃるように、深く考える必要は全くありません。難病を他人事ではなく、身近なこととして考え興味を持ち、情報を見つけたら、調べて自分の知識に加えておく。無理に答えを出そうとして、見つからない、難しい、考えるのをやめてしまう。

そうなるくらいだったら、例えば、難病という言葉を見つけたら、その記事を読んでみて自分なりに考えてみるだけでも良いと思うんです。こうした小さな積み重ねが、結果的に自分や自分の大切な人を救うことにつながると思うんです。

事実を知ってどうするかはその人次第。ごりらさん(@kodomotokarate)のように、「身近なものとして興味を持つ」ことを継続してくれる人もいれば、「自分には関係ない」と、聞き流して忘れてしまう人もいると思います。

こればっかりは誰かに言われてやることではないですし、それぞれが考えて行動するべきでしょう。記事の最後ではこう括られています。

わたしは「希少難病について考える」ということをあまり深く考えすぎずに 「身近なものとして興味を持つ」ということを続けていきたいと思います。もしかしたら 自分や自分の大切な人を救うことにつながる かも知れませんから。

RDD(Rare Disease Day)を知ってから起こった自分の中の小さな変化。子どもと始める空手道!  より引用

希少難病は自分や家族が当事者にならない限りは、身近なものとして考えにくいと思います。でも、全く知らないのと自分なりに調べて知っておくのとでは大違い

もしも、自分がそうなったとき、予め知識を持っていれば、早期発見につながるかもしれないし、早期発見によって進行を抑え、生活の質を少しでも高めることができるかもしれない。

難病について無理に答えを出そうとする必要はなく、普段から興味を持って、知っておくことが大事なんじゃないでしょうか。