希少難病の理解者を増やすために必要なこと。それは「考えるきっかけ」と「身近に感じてもらう接点」を作ること。

子どもと始める空手道
The following two tabs change content below.
gorian91
希少難病ブロガー自身の難病から体力的な限界を感じ、時間を自由に活用できるフリーランスの道へ。2016年から法人化。難病当事者の雇われない生き方・働き方を追求しています。

毎度、Gorian91です。

2月のはじめから実施していた希少難病のブロガー参加企画。

参加してくれる方がいるか不安だったのですが、実際にやってみると、色んなブロガーさんに賛同いただき、たくさんの記事が投稿されました。

ちょうど先日、世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day)が開催されたので、投稿された記事を紹介しながら、企画を通して感じたことを書いてみます。

5名の方が7本の記事を書いてくれました

今回の企画では5名のブロガーさんに参加いただき、7本の記事が投稿されました。

普段、難病と関わる機会がない方、僕の直接の友人、福祉系のお仕事をされている方、あるいは、ヨッセンスのヨスさん(@yossense)のように、過去に重い病気を体験された方など、色んな視点の記事が投稿されました。

中でも、子どもと始める空手道!のごりらさん(@kodomotokarate)は、難病に強く関心を持ってくださって、何本も記事を書いてくれています。

希少難病という非常に重いテーマで、なおかつ、デリケートで身近に感じづらいにも関わらず、参加された方は真剣にテーマと向き合って書いてくれました。

「子どもと始める空手道!」のごりらさん(@kodomotokarate

子どもと始める空手道

ごりらさん(@kodomotokarateは、僕が企画の記事を投稿してすぐに反応してくださったのが記憶に残っています。

企画を始めたときニュースになっていた、難病で亡くなった松来未祐さんのことについて書いてくれています。

ごりらさん(@kodomotokarateの記事を読んで一番印象的だったのは、やはりこの部分。

Gorian91 さん( @gorian91 )の記事をきっかけに「希少難病」について考えてみようと思い、「もし自分が希少難病だったら?」とか「もしも自分の妻や子どもが希少難病になったら?」と考えてみたり、「難病」をキーワードにWebで検索してみたりしました。

「希少難病」をテーマに考えることはともかく、それを表現するのは正直自分にはハードルが高いと感じました。

それは希少難病に関する知識がわたし自身にあまりにもなさすぎることや「希少難病」という定義そのものも国によって基準が違ったり、やはり希少難病の当事者ではない自分自身の考えや言葉のひとつひとつはもしかしたら希少難病のひとを傷つけてしまうこともあるのではないかと思ったから。

「医療クラウド」の重要性。未来のITなら声優・松来未祐さんを救えたのかも知れない。子どもと始める空手道!より引用

僕は当事者なので希少難病について考えるのは、ある意味当たり前のこと。

でも、普段接点がない人にとっては、希少難病について考える機会なんてなかなかないだろうし、自分事のように考えることが、いかに難しいことなのかを知りました。

ちなみに、記事を書いてしばらくしてから小さな変化があったそうで、ニュースで難病という言葉を見かけた時に、そのニュースをしっかりと読み、その難病について検索をするようになったそうです。

「希少難病について考える」ということをあまり深く考えすぎずに 「身近なものとして興味を持つ」ということを続けていきたいと思います。もしかしたら自分や自分の大切な人を救うことにつながる かも知れませんから。

RDD(Rare Disease Day)を知ってから起こった自分の中の小さな変化。 – 子どもと始める空手道!

難病を他人事ではなく、身近なものとして興味を持ってもらいたいと思ってやっていたので、こうして身近なものとして関心を持ってくれる方が増えたことは非常に嬉しいですね。

「Feel the plant」のタカヒロさん(@kyohirofuku

feel the plant

Yelpイベントを通じて知り合ったタカヒロさん。

彼も希少難病の情報発信企画に賛同して、記事を書いてくれました。

彼の場合は当事者の僕が身近にいたので、何か失礼なことを書いてしまうのではないかと考えて参加するかどうか悩んでいたそうです。

参加していいの?」と連絡をくれたので、「むしろお願いしますw」と言ってお願いしました。

しかも、記事を書いてくれただけじゃなくって、他にも色々と行動してくれたんです。

「レアディジーズデイ[Rare Disease Day](世界希少・難治性疾患の日)」に寄付する。
「レアディジーズデイ[Rare Disease Day](世界希少・難治性疾患の日)」のバッチをつけて東京マラソンを走る。
「レアディジーズデイ[Rare Disease Day](世界希少・難治性疾患の日)」大阪の会場に行って、その内容をブログに書く。

一年に一度、希少難病について考え、一緒に行動してみませんか?より引用

ちょうど世界希少・難治性疾患の日の前日に、東京マラソンに参加することが決まっていたそうで、RDD(世界希少・難治性疾患の日)の公式バッチを付けて走ってくれました。

取り組みに共感してこちらが依頼するでもなく、自らの意思でこのように行動してくれる友人がいる僕は、本当に幸せもんやと思います。

あ、そうそう、記事とは全然関係ないけど、東京マラソンでは、近くで厚切りジェイソンさんが走っていたそうですw

「ヨッセンス」のヨスさん(@yossense

ヨッセンス

香川県在住のプロブロガー・ヨスさんも参加してくれました。

実はヨスさんは、僕が難病についての記事を書くきっかけになった方なんです。元バセドウ病患者だったそうで、病気についてブログで堂々と発信されているんです。

少し前に友人がバセドウ病になったと聞き、病気について調べてたどり着いたのがヨスさんの記事でした。

今回の企画では、希少難病のことやベッカー型の筋ジストロフィーについて紹介してくれています。めちゃめちゃ詳しく紹介してくださってありがとうございます!

特にこの部分とかめっちゃ嬉しいです。

わたしは当事者ご本人と話をしましたが、もしこの話題に触れなければわたしはこの病気の存在を知らないままでした。

でも、本人から聞いて知って、Gorian91さんがブログでこれでもか!と発信しているのを目にすると、むちゃくちゃ身近な病気になっているんですね。

断言できますよ。わたしは、日本……いえ世界の中でもこの病気について詳しい人の部類になっています。

「世界希少・難治性疾患」について考える。情報を発信することは大事だよ!

自分の体験を文章にして発信したことがきっかけで、難病と関わりのなかった人に感心をもってもらえたというのは、自分にとって大きな出来事でした。

当事者の方は、無理にブログを書いたりする必要はないけど、病気のことを少しでも多くの人に知ってもらいたいと思うなら、ブログなり何なりで伝えることをやるべきです。

そうすることで、同じ病気の人がいたら参考になるかもしれないし、何より自分が救われることもあるんですよね。

僕は病気のことを発信したことで一番自分が救われました。

病気のことを周囲に言えずにモヤモヤしていたのが、ブログで病気のことを発信するようになってからは、心の中のわだかまりのようなものが消えて、無理に話すこともしないけど、無理に隠すこともしなくなりました。

「人生は宇宙だ!」のmoriさん(@mori_rei

人生は宇宙だ!

こちらはヨスさんのサロンメンバーの記事。僕にとってこの記事はとても新鮮な内容でした。

というのも、僕は難病などの社会的少数者の意見というのは、多くの人に認知してもらうことが大事で、積極的に病気のことを発信すべきだと思っていたので、「情報発信をするしないは本人の自由、優先されるべきは当事者の幸せ」という意見は全く思いつかなかったんですよね。

情報を公開することによって周りから偏見の目で見られてしまうなど、自分の持っている病気を人には知られずに隠しておきたいという人だっているはず。情報を発信するということは、自分の病気を周りに公表するということにもなるわけです。

この公表によって当事者が負い目を感じてしまったり、まわりから偏見の目で見られるなどの苦痛を味わうのなら情報を発信すべきではないというのがぼくの考え方。

あくまでも当事者が納得した上での情報発信であるべきです。一個人としての幸せを犠牲にしてまで無理に発信するのは違います。

人間なんて当事者にならなきゃ何も真剣に考えたりしないもの。だから難病当事者が継続して発信することは重要なんだ | 人生は宇宙だ! より引用

病気を公表することによって、周囲から偏見の目で見られたり、負い目を感じてしまうことは確かにありそう。。

特に自分の周囲にいる人に病気のことが伝わったら、周囲の目が気になってしまっても不思議じゃありません。

僕が思うに、結局は自分がどうありたいのかという話だと思うんですね。

僕は病気のことを知ってもらいたい、理解してくれる人が少しでも増えて欲しいと思ったので、不特定多数の人の目に触れるブログという形で発信することを選びました。

でも、記事にも書かれているように、発信することで何か生きづらさを感じてしまったり不幸になるのなら、やらない方が良い場合もある。

まずは自分がどうありたいのかを考えることが大事なのだと思いました。

「底辺×高さ×自分」のめいたくさん(@floor0429)

底辺×高さ×自分

この方もヨスさんのサロンメンバー。福祉系のお仕事をされていて、普段から難病の方と関わる機会も多いそうです。

記事を読むと、「そうそう、これこれ!」って思うことばかり。

例えば、その方が物を落としたとします。難病の方って分かっているとやりがちなのが「取りましょうか?」って聞くんですよ。これダメな行動。

普通に誰かが落としたら何も言わずに拾うでしょ。何で聞く必要あるの?そこが偏見なんですよ。中々さらっと出来ないと思います。

あまり手伝うとダメだから、出来るかどうか確認してからにしようって聞いちゃう。それこそ余計なお世話って思います。是非落とした方を見たときにはサッと拾って渡すこれでOKです。

「希少難病」について考えることに意味がある。他人事にはしない #rdd2016 | 底辺×高さ×自分 より引用

これとかほんとあるある。でも、こういう風にサラッと対応できる人はなかなかいないだろうなとも思いました。

きっと日本人は何事も深く考えすぎなんでしょうね。そんな気を使わんともっと普通に接してくれたらいいのにって思う場面がよくあります。

腫れ物に触るようにせずに普通に接するのが一番です気をつけて行動してみましょう。見たら分かると思いますが、困っていたら声をかける勇気を持ちましょう!

「希少難病」について考えることに意味がある。他人事にはしない #rdd2016 | 底辺×高さ×自分 より引用

困っていたら勇気を持って声をかける、手伝いが必要なら手伝う。必要なのは、ほんの少しの勇気と踏み出す最初の一歩だけ。

ほんの少し考え方や気の持ち方を変えるだけで、誰でもできることなんじゃないかな。

ともあれ、普通に接するのが一番だとわかっていても、それができないから難しいんですけどね。

まとめ

始めた当初は誰も参加してくれなかったらどうしようと不安でしたが、フタを開けて見れば、色んな人が記事を書いてくださって、自分ではリーチできなかった人に、希少難病について考えるきっかけを提供することができました。

改めて、企画を通して感じたことは、世の中、思っている以上に希少難病について理解しようとしてくれる人は多いということ。

単に考えるきっかけがなかったり、身近に感じづらいというだけで、当事者が率先して動き、声を出して活動すれば、動いてくれる人はたくさんいるのだと思います。

こういう啓発活動は、毎年継続してこそ意味があるので、もちろん来年の2月にもやろうと思っています。今回はWebでブログを書くだけだったけど、来年はもうちょっとリアルの活動を増やしていきたいですね。

今回タイミングが合わずに参加できなかった方は、来年もやろうと思っているのでぜひ参加してみてくださいね。

改めて、今回参加してくださった皆さん、ありがとうございました!!