恥ずかしい時こそ成長するチャンスだ。克服するのではなく利用して自分の成長の糧にしよう。

The following two tabs change content below.
gorian91
希少難病ブロガー自身の難病から体力的な限界を感じ、時間を自由に活用できるフリーランスの道へ。2016年から法人化。難病当事者の雇われない生き方・働き方を追求しています。

こんにちは、Gorian91(@gorian91)です。

これまで長らくブログを書いていながらも、Facebookに更新情報を流していませんでした。

リアルな友人やこれまでの勤務先の方がたくさんいるFacebookページでは、ブログを読んでもらうことがなんか恥ずかしかったですよね。

でも、ブロガーのぴーすけさんがこんなことを記事を書いていたのでやってみることに。

ブログの更新情報を流したら、リムーブされるどころか逆にフォロワーさんが増えた

ブログの更新情報を流し始めてからちょうど今で1ヶ月。

Gorian91
どれくらい友達削除されるんだろう?ドキドキ

と不安になりながら流していたのですが、実際は友達削除されないどころか、逆にフォローしてくださる方が増えました。

読んでくださってる皆さんありがとうございます。

こんなことなら変に恥ずかしがらずに、さっさとやっておけば良かった。

友達を削除されると思っていたのですが、意外とそうではなく、逆に最近疎遠になっていた方がいいねをしてくれたり、シェアをしてくれたり、本当にいいことづくめでした。

フリーランスになってひとりで仕事をするようになってから、誰かに「お前と縁を切る」なんて言われたわけでもないのに、勝手に孤独を感じてひとりになったつもりでいたけれど、全然そんなことはありませんでした。

単に自分が周囲に情報を発信していなかっただけなんだな。

「恥ずかしがり屋」は「臆病」なだけ

イケダハヤトさんが、とある本のレビューでこんなことを書いていました。

ぼく自信が恥ずかしがり屋だったからよく分かるのですが、「恥ずかしがり屋」って、「臆病者」の言い換えなんですよね。それは本書を読んでいて、痛烈に再認識させられました。

自己主張するのが怖いから、叩かれるのが怖いから、イエスともノーとも取れない曖昧な笑みをつくって、自分を譲ってしまう。幼少期からそんな態度が刷り込まれてしまった人というのが、恥ずかしがり屋の正体なのでしょう。

参照:「恥ずかしがり屋」は「臆病」を言い換えただけ – まだ東京で消耗してるの?

これこそまさに自分のことで、自己主張をするのが怖いから、叩かれるのが怖いから、周囲の顔を伺って、恥ずかしがって情報発信していなかった。ただの臆病者だったんですよね。

Facebookはリアルな友人とつながっているし、以前の職場の人も見ているから、過去の自分を知る人に今の自分を知ってもらうということは、気恥ずかしさもあり、変に思われたら嫌だと感じていました。

でも、現実には発信したことで誰かに文句を言われることは全くないですし、興味がなければ読まれないだけで、いいねされるかされないかがわかるだけのこと。

たったそれだけのことなのに、心理的な抵抗があって恥ずかしくて臆病になって発信していなかった。これは大きな機会損失です。

そもそも、いくらFacebookでつながっていてもほとんどの方とはリアルで会う機会もほとんどないのにね。頻繁に会う人なんて一部の人だけです。

ビクビクしながらやってみたら、むしろ応援してくれる人がいて、なんだ、自分で殻に閉じこもっていただけなのかと気付かされました。

恥ずかしがっていても、損をするだけ

振り返ってみるとこの28年間、恥ずかしがって行動しなかったことで損をしたことはあっても得をした記憶は一切ないんですよね。

逆に、多少恥ずかしくても思い切って行動したときには、良い経験をすることができているし、そのほとんどが良い思い出になっています。

例えば、以前、僕はあるお店の店員さんを好きになってナンパをしました。

渋谷パルコでお直しコンシェルジュビック・ママの店員さんに一目惚れをしてから、居酒屋で一緒にビールを飲みながら新鮮刺身を堪能するまでに行った10の戦術

ナンパといっても、急に道端で声をかけるような迷惑行為をしたわけではなく、まずは定期的に通って良いお客になり、さりげなく会話できるようになり、仲良くなってから連絡先を聞き出して、最後は2人で飲みにいきました。

ナンパなんてこれまでしたことがないどころか、女の子と会話することすら緊張していたこれまでの自分からは想像もできない行動です。

Gorian91
今あのときと同じように行動しろと言われたらたぶん無理w

恥ずかしい気持ちをポジティブに捉え、成長の糧とすることで、大きく成長できる

恥ずかしい気持ちに負けて、行動しなかったら損をする。

でも、逆に恥ずかしくても思い切って行動したら得することもある。

もしかすると、恥ずかしい時こそ成長するチャンスなのかもしれない。

恥ずかしがりは克服できる」なんて表現をする人がいるけど、きっとそれはネガティブな考え方なんだよね。

嫌なことを克服しようとしても精神的に疲れるだけだし、乗り越えれなかったときは、「なんて自分はダメな人間なんだ」と大きな挫折感を味わうことになる。

それならむしろ、恥ずかしいと思ったら、成長するチャンスだとポジティブに捉えて、前向きにチャレンジしていった方が楽しいんじゃないか。

チャレンジして失敗してもその経験は決して無駄にはならないし、次に同じ場面に出会ったとき、自分を後押ししてくれるかもしれない。

繰り返すけれど、恥ずかしい時こそ、成長するチャンスなのだと思う。克服するのではなく利用すればいい。

ポジティブに考え武器にして戦っていくことで大きく成長できるようになる。

成長することで今の自分が知らない未来の自分と出会うことができるなら、チャレンジしてみる価値はあるんじゃないかな。