難病や障害があるからといって、人の幸不幸を勝手に決めつけるな。

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gorian91
希少難病ブロガー自身の難病から体力的な限界を感じ、時間を自由に活用できるフリーランスの道へ。2016年から法人化。難病当事者の雇われない生き方・働き方を追求しています。

難病や障害があると「かわいそう」と言われることがあります。

この言葉、僕は大嫌いです。

自分は筋ジストロフィーという難病ですが、僕にとっては人より筋力が少ないことが当たり前だったので、自分がかわいそうだと感じたことは一切ありません。

僕にとっての当たり前の日常を「かわいそう」と表現されると怒りすらこみ上げてきます。

同様に、他の難病のある方や、障害のある方を見たとしても、かわいそうだとは思いません。

人の幸不幸を勝手に決めつけるな。

世界の中でも指折りの安全な国で生まれ、衣食住に困ることなく暮らしてきた僕は、世界中でも上位数パーセントに入るくらいに恵まれた環境にいます。

にもかかわらず、周囲の人からは「かわいそう」と言われることがあります。

これが不思議で仕方ありません。

すごく気持ち悪いし、違和感を感じずにいられません。

人の幸不幸を勝手に決めつけるな。」という気持ちでいっぱいです。

自分よりも恵まれていない人に感じる「かわいそう」

「かわいそう」という気持ちは、相手の方が自分よりも恵まれていないと思っているから出てくるんですよ。

例えば、自分よりも容姿が優れていてお金持ちの人がいたとして、その人に対してかわいそうだと思いますか?

思わないですよね?

 

うざい人
あの人は難病で病院に通わないといけないし満足に働けない、人並みの暮らしをするのも大変なんだろうな・・・かわいそう

 

Gorian91
余計なお世話じゃボケ。同情するなら筋肉よこせ

 

幸せは自分で気づくものであって、他人が決めつけることではない

幸せは本人が自分で気づくことであり、断じて、他人が勝手に決め付けるものではありません。

難病になってしまったこと自体は運が悪かったのかもしれません。

でも、じゃあ本人は不幸なのかというと、それは全く別問題です。

難病だろうが、障害があろうが、幸せに暮らしている人はたくさんいます。

「かわいそう」なんて他人が決めつける権利はない。

僕も難病で生活が大変だと感じることはあるけど幸せです。

ダウン症の方の9割近くが「毎日幸せに思うことが多い」と感じている

少し前に興味深いニュースが出てまして、厚生労働省の「出生前診断における遺伝カウンセリングの実施体制及び支援体制のあり方に関する研究」において、12歳以上のダウン症の方852名へのアンケート結果がニュースになっていました。

「毎日幸せに思うことが多い?」という質問に対して「はい」と「ほとんどそう思う」と答えた人は、90%以上にのぼったそうです。

就労や収入面においては不安があるものの、ほとんどの方が幸せだと感じているようです。

ダウン症のある人たちの実情を調査 9割が「毎日幸せに思う」 

実際にダウン症の子を持つ親御さんと話をしたことがありますが、その方も就労面での不安はあるけど、毎日幸せに過ごしていると話をされていたので、この調査結果は実情に近いものなんじゃないでしょうか。

他の人から見れば、大変そうに見えても、当事者からするとそれが当たり前の日常で、幸せを感じていることはごく当たり前の話なんですよ。

難病だろうが、障害があろうが、何者にだってなれる

難病だろうが、フルマラソンを完走する人だっているし、プロ野球選手として活躍されている人もいる。

無職の方もいれば、首から上しか体が動かなくても、経営者としてビジネスの第一線で活躍されている方もいらっしゃいます。

難病だろうが、障害があろうが、やるべきことをやる人はやるし、やらない人はやらない。

どんな境遇であったとしても、自分次第で何者にもなれると僕は思う。

「かわいそう」という言葉を押しつけて、勝手な想像で人を不幸だと決めつける人のことが、僕は理解できないし大嫌いだ。

他人に人の幸不幸を決めつける権利はない。

「かわいそう」は、人を不幸だと決めつけている言葉だ。

人の幸不幸を勝手に決めつけるな。

人の幸不幸は、他人が決めつけることじゃない。

自分にとっての幸せは、自分にしかわからないんだよ。