第183回国会で可決された、障害者の差別禁止に関する2つの法案が一部の附則を除き、今年の4月から施行される。
「障害者雇用促進法」の改正案では「雇用」について、新法である「障害者差別解消法」では「雇用以外」における「障害を理由とする差別」が禁止されることになる。
当然、障害者は企業の採用活動における平等な扱いや、働き口が広がるのではないかと期待するだろうし、雇用以外の面においては、官民問わずサービスの質の向上について期待を寄せているはずだ。
国の対応が遅れ、事業者からは戸惑いの声が出ているけれど、なんだかんだ、施行されたらやるしかないのだから、徐々に浸透して、少しずつではあっても、障害者の差別解消に向けて一歩一歩進んでいくと思う。
今回の法律では、障害者手帳を持っている方に限らず、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害)、心身の機能障害による職業生活が困難な方までが対象となるため、難病の当事者であり、将来、車いすを利用する僕にとっても無関係な話ではないので、当然興味を持っているし期待もしている。
しかしながら、期待を寄せている反面、僕はひとつだけ懸念していることがある。それは、障害者の法律に対する過度な期待だ。
障害者の皆さんは、法律が施行されることによって、何か大きく変わるのではないかと過度な期待を持ってはいないだろうか。
法律は法律でしかない。
僕が思うに、法律は法律でしかない。
例えば、「ブラック企業」という言葉がある。
度を超えた長時間労働をはじめとする、法令違反の労働環境にある会社を指す言葉だ。
本来、労働基準法によって労働者の権利は守られているはずなので、こうしたブラック企業は、労働基準監督署によって厳しく取り締まられていなければならない。
しかし、現実では、多くの会社が労働基準法を守れていない。法令を守れていないブラック企業は多数存在し、僕がみた限りでも、意図的に法令を無視している企業が存在する。
結局のところ、国が事業者へ法律の周知を図り、その上でキッチリと取り締まらなければ、事業者のさじ加減ひとつで法令遵守の精度は決まってしまうのだ。
法律が施行されても、状況はすぐには変わらない
障害者差別禁止法や障害者雇用促進法の改正もまた然り、法律が施行されたからといって、状況がすぐに改善されることは絶対にない。
法律は法律でしかないのだから、国がしっかりと事業者へ法律の周知徹底を図り、その上で、事業者も理解を示し、できるかぎりの努力をすることが大切だし、当事者である我々も不当な扱いを受けたのなら声をあげる必要がある。
「障害を理由とする差別」は禁止されるので、最低限のサービスの質の底上げは見込めるはずだけど、過度な期待をすべきではないと思っている。
特に民間事業者の「合理的配慮」については、”「過重な負担」にならない範囲で事業主に講じていただくものであり、合理的配慮の提供義務については、事業主に対して「過重な負担」を及ぼすこととなる場合は除くこと”とされているので、そこまで大きな変化はないのではないだろうか。
むしろ、すぐには改善されることはないという前提をしっかりと理解して、互いの立場から少しずつ歩み寄る姿勢が大事だと僕は思う。
雇用では、障害者差別の禁止により同じスタートラインに立てるようになる、けど?
障害者雇用の面においては、内閣府の資料によると改正によるポイントが3つある。
やはり大きいのは①の「障害者差別を禁止」の項目で、募集・採用、賃金、配置、昇進などの雇用に関するあらゆる局面で、障害者差別が禁止されるという点だろう。
なお、ここでいう「障害者差別」というのは下記のように定義されている。
・障害者であることを理由に障害者を排除すること
・障害者に対してのみ不利な条件を設けること
・障害のない人を優先すること
改正障害者雇用促進法 周知用パンフレット – 厚生労働省より引用
この改正で何が変わるのかというと、わかりやすい事例で言えば、障害者でも一般の求人に応募できるようになるということだ。つまり、健常者と同じスタートラインに立てることに他ならない。
これまで行われてきた採用活動における「障害」を理由とした門前払いがなくなるのは大きな変化だ。法律になったことで、仮に不当な扱いを受けたとしても訴えることができるようになり、これによって救われる障害者、あるいは難病の当事者は多いはずだ。
しかし、「障害」を理由に差別されないということは、企業が求めるスキルがなければ採用されることもないし、もし仮に、一般の職種に応募して採用されたとしたら、健常者と同じ土俵で戦うことになる。当然、障害なんてものは言い訳にならない。
合理的配慮だけを求める「クレクレ状態」では採用されないのはこれまでと同じ
「合理的配慮」が努力義務になったといっても、あくまで「過重な負担とならない程度」となっている。過重な負担というのは、下記の6つのポイントを総合的に勘案し、個別に判断するとしている。
①事業活動への影響の程度
②実現困難度
③費用負担の程度
④企業の規模
⑤企業の財務状況
⑥公的支援の有無
改正障害者雇用促進法 周知用パンフレット – 厚生労働省より引用
となると、企業に配慮ばかり求めていたら、採用はおろか継続的な就労は夢のまた夢だ。
ビジネスの世界では、ギブアンドテイクが基本となる。障害のある当事者は、法律が施行されたからといって企業に無理を強いるのではなく、企業に何が提供できるのか、どういう成果を出せるのか、きっちり提示をした上で貢献しないとダメだし、それができなければ評価は下がり、退職に追い込まれることだってあるだろう。
僕が心配なのはここだ。
車いすだろうが、耳が聞こえなかろうが、目が見えなかろうが、成果を出せれば働くことができるようになる。しかし、それは、あくまでも成果を出せればの話だ。
法律が変わり新法が施行されたことにより、健常者と同様にスタートラインに立てるようになった。これは素晴らしいことだ。
しかしながら、当事者である我々は、健常者と同じスタートラインに立つこと、同じ土俵で戦うんだということを、強く意識しなければならない。
合理的配慮を求め、上から降ってくる仕事をこなすような姿勢ではお話にならない。障害を武器に変え、企業に積極的に貢献していく必要があるのだ。
法律の施行によって世の中の状況が変化することに対して期待をするのはいい。でも、過度な期待をしてはいけないと僕は思う。
企業はお金を稼いで利益を出さなければ存続していくことができないのだから、仮に障害者を雇用したとして、上手く生かし切れずに倒産してしまいましたでは、笑い話にもならない。
そうならないためには、企業側の理解の姿勢、障害者を戦力に活かしていくための教育も必要だろうし、障害者自身もスキルを磨いて、積極的に会社に貢献していく必要がある。
繰り返すが、過度な期待は厳禁だ。
法令の施行まで残り2ヶ月を切った。これから就職を考えている当事者の皆さんは、ほどほどに法律に期待しつつ、スキルを磨き行動していくべきではないだろうか。